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第597話

Author: 宮サトリ
「何してるの!?」

弥生は引きずられて、手中の書類を床に落とした。

しかし瑛介は何かに取り憑かれたように、彼女を無視して腕を掴んだまま前へ進む。

「ちょっと待ってください!」

眼鏡の社員がようやく状況を理解し、慌てて二人の前に立ち塞がった。

「あ、あの...社長に何をするおつもりですか!放してください!」

瑛介は眼前の弱い男を睨みつけた。記憶の中で、いつも金縁メガネをかけている男もいた。しかもエレベーターを出た瞬間、この男が弥生を惚れぼれと見つめていた光景が脳裏を掠めた。だから、瑛介は一瞬で不機嫌になったのだ。

「お前みたいのやつが僕を止められると思うのか?」

冷笑と共に放たれた言葉に、あの社員は圧倒されたように硬直した。

弥生はもがいていた。「瑛介、手を離しなさい!一体何をしているの!?」

男子社員がまた近づこうとすると、「消えろ!」瑛介の怒声が廊下に響いた。

「今すぐ!」

そう言い残すと、弥生を引き連れて去って行った。

しばらく呆然としていた男性社員は、ようやく我に返ると博紀のオフィスへ駆け込んで、大声で言った。

「香川さん!大変です!」

電話中の博紀はびっくりして、そしてクライアントに謝罪して切ると、ため息混じりに訊ねた。

「何だい?こんな騒いで」

「さっき見知らぬ男が社長を連れ去りました!拉致かもしれません!」

「拉致?」博紀は眉を寄せた。「どんな男だ?」

「あのう...拉致ではありませんでしたが、なんか喧嘩をしているみたいでした。そして、相手は......」

「誰?」

「宮崎グループの宮崎さんに似てました」と眼鏡男は目撃したことを疑いながら言った。

「なんだ、宮崎さんか」博紀は肩の力を抜いた。「心配無用だ。二人は知り合いだ」

「でも」男性社員は首を傾げた。「宮崎さんの様子が明らかに異常でしたが。本当に大丈夫でしょうか?」

博紀は笑いながら言った。「大丈夫だよ。君、恋愛経験ないだろ?あれは嫉妬だよ。宮崎さんは社長に惚れてるんだから」

「惚れて!?」男子社員の眼鏡がそれを聞いて、ずれかけた。そうだったら、自分のチャンスが......

「諦めろよ。宮崎さんがいなくても、お前にはチャンスはないんだ。社長を狙う男は列をなしてるから」

最初から社長をアプローチするチャンスがないと分かっていたが、男子社員は博紀に現実
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